「合格だーー」
燦然と輝く摩天楼を連ねる大都市瑫楼。
その栄華の象徴を望む一室で神月国定はそう言った。
十数時間に及ぶ恐ろしいまでの静寂に満ちた問答の最後、白髪の老兵の宣言。
わたしの、エル・楓玲の社会適応訓練の最終過程は終わった。この場違いで人未満な獣が野に解放されることはたった今決まったこと。
攻撃性項目がオールレッドの潜在的罪人を、非適応系数九十以上のわたしを。
欠落者ーー又の名を悪魔の落とし子とも言われるわたし達と、それに準ずる高係数者達への反発が日に日に高まるこの時代にそんなことをすればどうなるか、この社会の代弁者は誰よりも知悉しているはずだった。
しかし、その疑問に反し言葉は続く。
「今日をもってお前の社会適応過程は終了とする」
断言する口調は、異論など一切認めないという証明。
この天国のような箱の中で、罪人のように死ぬのが相応しいとは思わない。でもそれにはもっと違う形の終わりがあると思っていた。
本来なら喝采を上げるべき言葉に矛盾する言葉と感情がわたしの頭を駆け巡る。
神月国定は、この社会が生んだ怪物は何を思って突破者皆無のこの最終試験でわたしを通したのか。
止まっているかのように身動き一つしない、社会の不変性さえ体現してしまった老人の宣告は止まらない。
「書類を書いた後、正式に通達がいくだろう。それまでに身の回りの整理をしておけ」
まるで戦場に兵士でも送りつけるかのような台詞。それも死亡者名簿に名前が載ることが前提の。
空気は静寂を超えて時を止めたかのように感触がない。窓から僅かに差す落陽の光だけが時間は流動的である証を示す。
今ここに至って、わたしは初めて神月国定が目を開けたままだったことに気付いた。
《再確認ーー世界は、少なくともわたしの世界はこの男の手の中にあるーー》
何も問う必要なんて無い。わたしには最初から拒否権も、疑問を投げかける権利さえ与えられていなかった。
それを肯定するように神月国定は氷よりも冷たい眼光でわたしを射抜き続けている。親の仇など生温い、究極の敵意とも言えるそのあまりの鋭さに、その視線を収斂させればわたしの体に穴を開けることが出来るのでは無いかと本気で考えた。いや、恐らく出来るだろう。この男ならやりかねない。言葉一つでわたしの命を閉ざすことが出来ると言ってもわたしは信じられる。神にも等しい所業さえこの老人はやってのける。
冷徹に、完璧に。
「質問は認めない。理解したのなら目を瞑り手を後ろで組め」
言われた通り、連れてこられた時の姿勢そのままわたしは素直に目を閉じて手を後ろに回した。
後はお決まりのルーティン。売られていく奴隷よろしく自由を奪われて檻に入れられる。元からわたしに自由なんてないけれど。
「お前には、絶望を見せてやろう」
その言葉は半ば自失していたわたしを現実に呼び戻し、覚醒と同時に衝撃を与える。
目を瞑っていたためにまたしてもこの男が口を開く瞬間を認識出来なかったことが何故か恐ろしく感じられた。
暗黒の中で厳かに佇む彫刻が語る。
「お前がーー望んだ通りの絶望だ」
言葉に出来ない迫力を伴って告げられたのは恐らく、死刑宣告よりも残酷な答え。
「その目に刻みつけると良い。お前達のような潜在的罪人が、如何に恐ろしい業を持って生まれてきたのかということを」
「所詮お前達は、私達が手を引いてやらねば満足に人として生きていくことも出来ない欠陥品であるということを」
見せてやろう、神月国定はそう言ったーー
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